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海波家の付喪神

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原題: 海波家的付丧神

海波家の付喪神 — 物語のイラスト
作品紹介のカバー画像 · AIで制作したイラストです。原作の公式表紙ではありません。

第一章 リリィと愉快な仲間たち けれど、大切なものは、いつも勝手に、どこへとも知れず消えてしまう。 —————— 三月の末。空気は澄み、花と若草の香りがした。アスファルトと建物に埋もれ続けてきた街は

オリジナル小説です。登場人物と出来事は架空です。

紹介の編集: 黄果ショートドラマ · 更新日:

物語

## 第一章 リリと愉快な仲間たち

校正:@ttsupori

けれど、大切なものは、勝手にどこかへ消えてしまう。

------

三月の終わり、空気は澄んでいて、花と青草の匂いがした。

アスファルトと建物に埋もれた街で暮らしてきたせいだろう。いまはなおさら、空気が澄んでいるように感じる。

春の気配のなかに、海水の匂いが少し混じっている。この土地にしかない感覚だ。

つい深く息を吸い込んだが、それに気づくとすぐに吐き出した。のんびり深呼吸などしていられる場合ではない。

スポーツバッグを抱えて開いたドアのなかへ入り、バッグを床に置いた。

「全部、運び終えたか?」

玄関に積まれた荷物をざっと見やり、段ボールを運ぶのを手伝ってくれた伯父の芳秀が確かめる。

「うん、全部ここまで運んだよ」

海波大地は大きくうなずいて答えた。荷物は多くない、と自分でも思う。けれど、多ければいいというものでもない。

スポーツバッグと段ボールが二つ、紙袋がいくつか。着替えと生活用品は一週間分だけで、あとは四月から使う学用品と学校の制服だ。紙袋には、カレー粉やカップ麺のような保存のきく食べ物が入っている。

それに、玄関の外に停めてある自転車が一台。ずっと住んでいた街とは違い、ここはコンビニさえ遠い。自転車は必需品だ。

家具も調理器具も、もう揃っているはずだ。問題はない。足りないものが見つかったら、そのとき買いに行けばいい……

## 第二章 入学式

その日は両親の結婚記念日で、二人は映画を見に行くつもりだった。大地は芳秀の家に預けられることになっていた。

当時、両家の仲はまだよかった。伯母の美佐子はにこにこして大地を迎え、芳秀と美佐子の結婚記念日には、従妹を大地の家に預けることもあった。父の航に兄弟はおらず、大地が生まれたころには祖父母もすでに他界していた。大地にとって親戚といえば、母の弟とその家族だけだった。

「大地も映画、見に行くか?」

出かける前に、父が大地に尋ねた。大地はうなずかなかった。両親の気持ちを気遣ったからではない。

「ポケットモンスターの映画?」

「違うよ。外国のカーチェイスものだ。車がかっこいいぞ」

「えー、見たくない。行かない」

大地は不機嫌そうに答えた。父は苦笑して肘で大地を小突き、ガキだな、と言った。そう言われると大地はますます意地になり、どうしても行きたくなくなった。

当時の大地はまだ普通で、ほかの子どもと同じように少し生意気だった。映画といえば、ヒーローものの特撮と、子ども向けアニメの劇場版にしか興味がなかった。何より、よくわからない映画を見に行くより、芳秀の家の人たちとプールや遊園地へ遊びに行くほうが、ずっと魅力的だった。

その日、芳秀は大地を動物園へ連れていってくれた。従妹と動物園で遊び尽くし、動物ふれあい広場では乗馬も試した。何枚写真を撮ったのか、もう数えきれない。日が暮れてから車で帰り、従妹は車のなかで疲れ果てて眠って……

## 第三章 記憶の調香師

入学式のあとの、最初の日曜日。

四月に入ってから天気は晴れ続きで、この日も晴れて暖かい。

この日、大地は付喪神たちを居間に呼び集め、最終確認をした。

「というわけで、約束の時間はもうすぐだ。みんな静かに待機してくれ。とくに秋津と珠風、今回の目当ては君たちらしい」

「わかった。任せておけ」

秋津は胸を叩き、意気込んで答えた。いまの状況を招いたのが自分だという反省は、まるで見えない。大地が、座敷童子と呼ばれていると伝えると、彼女はははは、と笑い、『幸運を呼ぶ力なんて、わたしにはないよ』と言った。

(※注:民間伝承では、座敷童子はそれを見た者に幸運をもたらし、座敷童子のいる家は豊かになるという。座敷童子は福の神に似て、家の盛衰を司る守護霊だとする信仰もある。)

大丈夫だろうか。あまりにも軽い態度に、大地は少し不安になった。付喪神たちは危機感というものがなく、大地の言葉も半分しか耳に入っていないようだった。

「安心しろよ、大地。昔、おまえに姿が見えなかったころ、目の前で舌を出してあかんべえをしても、気づかなかっただろう?」

「そんなこと、したのか」

「いや、してない。たとえだ」

青葉は視線をそらしてそう答えた。大地は目を細めて彼を見つめた。そのとき、玄関のチャイムが鳴った。

「来たみたいだ。解散!」

大地の号令とともに、付喪神たちの姿は消え、それぞれの『身体』へと戻っていった……

## 第四章 空を飛ぶ木馬

青い小型バスを降りたとき、太陽はすでに西に傾き、空は赤く染まっていた。

駅から、上に墓地のある崖が見える。大地の家はその下にあり、坂道を行けばすぐだ。

けれど大地はゆっくり歩いた。泣き腫らした目を付喪神たちに見られるのは、気恥ずかしい。

リリも大地の歩調に合わせて歩いている。彼女は大地の姉を自称していて、そうするのが当然だと思っているのだろう。

家の付喪神たちに泣き腫らした顔を見られたら、彼らは何と言うだろう。笑うことはないはずだ。けれど、きっと心配する。

どうしたらいいのだろう。そんなことを考えているうちに、大地はあっ、と気づいた。

自分はもう、家の付喪神たちを完全に受け入れていて、彼らが家で自分の帰りを待っていると思っている。

かつては、家に居続けようと、どこかへ出ていこうと、どっちでもいい、と思っていたのに。

いま、帰って玄関の戸を開けたとき、『おかえり』の声が聞こえなかったら、どうなるのだろう。

想像しただけで、ろうそくの火で焼かれるような、胸の奥の小さな痛みがあった。その痛みを、大地はもう長いあいだ感じていなかった。慣れていない。大地はまた、長く息を吐いた。

こんな感情の扱い方を、もう忘れている。それに、いまの自分に何ができるのか、完全には信じられない。

通学用の鞄を肩にかけたまま、大地はふと、指で鞄の紐をきつく握った。

ずっとわかっていた。本当は、この手を誰かへ伸ばしたいのだと。

けれど、出せない……

## 終章

小学校の旧校舎にあった壁画が、一夜にして消えたことが、土地の話題になった。

もともと風化がひどく、そこに数日の大雨が洗い流したのだ。誰もがそう言った。

壁画の保存については話がまとまっていたが、もう修復は不可能で、保存計画も中止になった。

保存を申請した高校の美術教師、泰田詢子も退職した。個人的な事情のため、とされている。けれど実際は、手間をかけた壁画が消えて、精神的に大きな打撃を受けたからではないか。噂はおおむねそうだった。正式な退職手続きにはまだ時間がかかるので、いまは休職のまま、学校には来ていない。

けれど大地は知っている。実際は、噂とは正反対だ。

退職したあと、泰田は一度、海波家を訪ねてきた。学生時代の友人に頼み、アメリカへ行くのだと言う。絵の知識を、もう一度学び直すために。

泰田の表情は明るく、血気盛んな若者が新しい人生に挑もうとしているようだった。

泰田は最後に深く一礼して去った。その背を見送ると、大地の気分までつられ、ずいぶん軽くなった。彼女は手土産にマドレーヌを残していった。秋津と珠風はそれを食べ尽くし、満足そうな顔をしていた。付喪神まで彼女を許した、と思えばいい。

学校は後任の美術教師を探すのに苦労しているらしい。けれど生徒のほう、とくに入学したばかりの一年生たちには、ほとんど影響がなく、生活はこれまでどおり穏やかだ。

それより……

## あとがき

はじめまして、淡路帆希です。ひさしぶりのみなさん、いつも応援してくださり、ありがとうございます。

富士見L文庫の創刊にあたり、この作品を最初のラインナップの一冊にしていただけたことを、とても光栄に思います。はじめましてのみなさんにも自己紹介を。わたしはこれまで、富士見ファンタジア文庫でライトノベルを書いてきました。

前のシリーズが終わったあと、『次は何を書こう』と考え続けていました。ところが半年のあいだに担当編集が二度代わり、その間に話し合ったことは、結局すべて白紙になりました。

そしていま新しく担当してくださっている編集者が、ファンタジア文庫で『護花の竜の叙情詩』を担当していた方です。担当が一人、また一人と代わり、最後には振り出しに戻ったような気がします。

この編集者とはしばらく、次もファンタジア文庫で出すつもりの作品について話していました。ところが二〇一三年の春ごろ、こう言われたのです。「ライトノベルと一般小説のあいだを狙った文庫を企画している。そこで何か書いてほしい」。

そう言われても、すぐに出せる草稿はどれもライトノベルを前提に考えていたもので、新しい文庫もまだ立ち上がっておらず、どんな感触になるのかまるでわかりませんでした。

そこで、ちょうど手元にあった草稿を、そのまま小説にすることにしました。

結果として、「ではL文庫にしよう」となり、本当によかったと思います。

L文庫がどんな方向性なのか、わたしにもまだわかっていません。それでも、いつもと同じように、楽しくこの本を書き上げました……

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